蒼空に魅せられて
飛行機に魅せられて、あちこち旅するおっさんのブログです。
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保存SLを訪ねて 壱岐編
ども、空旅です。


先月の事ですが、壱岐に行って来たのですが、レンタカーで島内を巡っている時に
1台のSLを見ました。
それがこちらです。

壱岐_8620_01
88622号機。
8620型蒸気機関車の1台で、1926年2月に汽車製造で完成し、1926年2月4日に仙台局に
新製配置され、1974年2月25日に若松機関区で廃車となったSLです。
写真は、右サイドを斜め前方から。

壱岐_8620_02
左サイドを斜め後方から。
以前は手前にあるコンクリートの土台の所から運転台まで梯子が有り、気軽に乗れる
状態だったらしいですが、現在は梯子は撤去されています。


壱岐_8620_03
右サイドの前方部分。
煙突、穴開いてます・・・。


壱岐_8620_04
左サイドにあった汽車製造の銘板です。


なぜ鉄道の無い壱岐にSLが保存されているのかが不思議で帰宅後に調べてみた所、
芦辺町(現壱岐市)の当時の町長が、「汽車を見ることがない島の子に汽車を見せたい」と
国鉄に申し入れて無償貸与され、1975年から壱岐で保存されているそうです。

保存している場所が露天という条件もありますが、そもそも手入れがほとんどなされて
いないらしく、全体的に状態は悪く、腐食がかなり進んでいるように見えました。
このままだと、解体撤去となるのも遠くないかもしれません。
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保存SLを訪ねて 名寄編
ども空旅です。

皆さんは、「キマロキ編成」と言うのをご存知でしょうか?
かつて北海道内陸部や北陸などの豪雪地帯に配備されていた物で、除雪(排雪)専用の
編成の列車の事です。

通常鉄道における除雪は、ラッセル車を使用して行われていましたが、これは線路上の
雪を脇にどける事しか出来ず、何度か繰り返している内に線路際に出来る雪の壁が高く
なってしまい、除雪するそばから壁が崩れて除雪効果が薄くなってしまう為、この
線路際の雪の壁を崩して遠くに雪を投げる事を目的に運行されたのが、このキマロキ
編成と呼ばれる列車です。

では何故キマロキ編成と呼ばれるのか。
それはこの列車が次のユニットで組成されている事からきています。
1両目:機関車
2両目:マックレー車(雪を集める集雪車)
3両目:ロータリー車(雪を投げ飛ばす除雪車)
4両目:機関車
この4両の車両の頭文字を取って、キマロキ編成と呼ばれていました。


名寄_キマロキ_01
こちらは、名寄市立北国博物館で保存展示されているキマロキ編成です。
先頭から、59601+キ911+キ604+D51398+ヨ4456で組成されています。
マックレー車やロータリー車が単独で保存されているのは他にもありますが、編成として
保存されているのは、この北国博物館が日本で唯一となります。
そして今回の道北旅行で、どうしても見たかった物の1つがこの名寄のキマロキでした。

ではそれぞれの車両を見てみましょう。


名寄_キマロキ_02
先頭の機関車である9600型SLの59601です。
この編成で唯一の大正生まれの車両で、1921年12月に富良野機関区に配備された後、翌年の
1922年10月に名寄機関区に転属となり、1972年11月に廃車されるまで名寄機関区に所属して
いました。
1976年にキマロキ編成の1両として名寄市に無償貸与され、現在に至ります。
なお無償貸与当初はスノウプロウが装備されていなかったそうですが、釧路機関区で廃車と
なったC11の物を譲渡され、1978年に取り付けられたそうです。


名寄_キマロキ_03
マックレー車のキ911です。
1938年に国鉄苗穂工場で製造され、岩見沢、深川を経て1963年5月より名寄客貨車区の所属
となりました。
展示は雪を集めるウィングが開いた状態で行われています。


名寄_キマロキ_04
ロータリー車のキ604です。
1939年に国鉄苗穂工場で製造され、キ911と同様に岩見沢、深川を経て1963年5月より名寄客貨車区
に転属となりました。
車体には巨大なロータリーの動力としてC58と同等の出力を持つボイラーが設置されていますが、
自走する事は出来ません。


名寄_キマロキ_05
ロータリー車を押す役目の機関車であるD51型SLのD51398です。
1940年2月に岩見沢機関区に新製配備され、その後は追分、旭川、北見と異動した後の1972年3月に
名寄へと転属になり、翌1973年9月に廃車となりました。
なお、名寄所属の時代に、キマロキ編成に使用された事は無かったとの事です。


名寄_キマロキ_06
最後尾に連結された車掌車のヨ4456です。
キマロキの保存開始当時は無かったそうですが、1988年に釧路にあったこの車両の譲渡を受けて
設置されたそうです。


名寄_キマロキ_07
名寄_キマロキ_08
名寄_キマロキ_09
名寄_キマロキ_10
このキマロキ編成については、SL2台とロータリー車についてはその運転台を見学できます。
(マックレー車は窓越しの見学のみで、入る事は出来ませんでした)
上から、D51398運転台、キ604ロータリー操作室、キ604ボイラー、59601運転台です。
屋外展示かつ運転台見学可となっている保存車両の場合、悲しい事に部品が盗まれていたりする
事が多々ありますが、写真で見ても解るように、かなり完全に近い状態で保存展示されています。
これは非常に嬉しかったですね。


名寄_キマロキ_11
鉄道写真でよく見る角度から、編成を撮影したのがこちらです。
2台の機関車とロータリー車はライトが点灯されており、現役時代はこうだったんだろうなぁと
感じさせる物がありました。
なおこの展示されている場所は、1989年に廃止された旧名寄本線のレールの上になります。
こう言った所も博物館としての1つの拘りなのかもしれませんね。


このキマロキ編成ですが、毎年10月から4月にかけては雪囲いされて見る事が出来ませんが、
それは雪が多いこの地方故の事であり、大切に保存されている証でもあります。
今年で保存展示開始から40年になるこのキマロキ編成、2010年にJR北海道から準鉄道記念物に
指定されましたが、鉄道と共に発展してきた名寄だからこそ、大切に保存されてきたのかも
しれません。
屋外故の維持管理の難しさは並々ならぬ物があると思いますが、いつまでも大切に保存して
後世に伝え続けて欲しいと思います。
保存SLを訪ねて 阿寒編
ども、空旅です。
道東の保存SLを巡る3回目のご報告です。
今回は、釧路市阿寒町にある阿寒町炭鉱と鉄道館に保存展示されているC11 65です。


C1165_01.jpg
今回訪れた中で、唯一屋根有りの状態で保存展示されていて、後に車掌車のヨ8057を
携えて木々の中に佇んでいました。


C1165_02.jpg
このC11 65は1935年に新製されて千葉の佐倉に配置され、その後は勝浦、静岡、高岡と
渡り歩いて1961年に廃車となり、ここ釧路にあった雄別鉄道に譲渡され、雄別鉄道が
1970年に廃止されるまで活躍していました。


C1165_03.jpg
運転席にある雄別鉄道のマーク。


C1165_04.jpg
保存場所に屋根が設置されている事もあってか、状態は結構良いように見えました。


C1165_05.jpg
かつてC11 65と共に展示されていたオハ62 95の台車。
こちらは既に解体されてしまい、今は台車だけが残されていました。


今回の道東旅行では、3輌のC11を見て来ました。
それぞれの保存状態はご紹介した通りですが、出来ればいつまでも大切にして頂けたらと
切に願います。
保存SLを訪ねて 中標津町編
ども、空旅です。
道東の保存SLを巡る2回目のご報告です。
今回は、中標津町丸山公園(中標津町郷土館)に保存展示されているC11 209です。


C11209_01.jpg
訪れた時は生憎の雨模様でしたが、公園の木々を背景にC11 209は腕機信号機を
お伴に静かに佇んでいました。


C11209_02.jpg
1942年の新製時から既に73年が経過しているので、車体の所々に劣化が見られるのは
仕方ないですが、きちんと手入れがなされていて、屋根の無い露天の保存展示の割には
状態は良いと思われます。


C11209_03.jpg
日高本線で活躍していた証である独特のカニ目と呼ばれる2つの前照灯。
このC11 209は新製配置が日高本線の静内機関区で、その後32年間を日高で過ごし、
晩年である1974年に釧路へ移動、その移動から半年後に現役引退となり、この中標津に
安住の地を得ました。
よく見ると前照灯の中には電球が入ってますが、さすがに点灯はしないでしょうね。


C11209_04.jpg
設置してある説明板には、「いくらなんでもこれは…」という誤りの記載も有りましたが、
大切に扱われているのがよく判る状態でした。
厳しいとは思いますが、これからもこの状態を保って頂けたらと思います。
保存SLを訪ねて 標津町編
ども、空旅です。
今回の道東旅行では、幾つかの保存SLを見て来ましたので、何回かに分けて
報告致します。
今回は、標津町の標津文化ホール前に保存展示されているC11 224です。


C11224_01.jpg
駐車場に車を置き、遠目に見たC11 224です。
この段階で状態が良くないのが判ります。


C11224_02.jpg
抜けるような青空の下に佇むC11 224。
見ているこちらとしては、痛々しさを感じます。
多分ここ数年は、きちんと手入れもされていないのでしょうね。


C11224_03.jpg
左側の水タンクの外板には、腐食による小さな穴が開いています。


C11224_05.jpg
ボイラーの外板は、こちらも腐食によって完全に穴が開いている様に見えました。


C11224_04.jpg
近くで見るとかなりの部分に腐食が見られ、状態はかなり悪いです。
風雨に曝された状態であり、かつ海が近い事から考えても、定期的に手入れを
していなければ、この状態になるのは当然かもしれません。
このまま行けば、数年後には解体されてしまう事も危惧されます。
せめて塗装をし直すだけでも、だいぶ違うとは思うのですが・・・。


C11 224の側にあった説明板にはこうありました。
「開拓の功労車として、ここで永久保存する事になった」と。
永久保存って、手入れもせずにただ置いておけば良いって事では無い筈です。
はたしてこの状態は、“永久保存”に相応しい状態なのか、甚だ疑問です。
まあ、色んな意味で難しい事なのかもしれませんが。
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まとめ