蒼空に魅せられて
飛行機に魅せられて、あちこち旅するおっさんのブログです。
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多度津訪問 9月29日編
ども、空旅です。

9月半ばに始まった仕事の忙しさに一段落が付き、週末に時間が取れたので
多度津に行ってきました。

高松空港からレンタカーで、いつもの漁港へと向かうと、そこで見えた景色は・・・
羊蹄0929_01
そこには見慣れない船の姿が有りました。
コレハイッタイナンデスカ・・・


羊蹄0929_02
いつもの左舷後方からの写真です。

羊蹄0929_03
羊蹄0929_04
船楼甲板上に残っているのは、ブリッジ下部と普通船室中央部、そして後部の通風筒等のみ。
上部構造物のほとんどが撤去されてしまった為、船体が軽くなり、左舷防舷材の位置が、
海水面からかなり上にきています。
コレハイッタイナンデスカ・・・


羊蹄0929_05
いつもと同じ様に堤防によじ登り、いつもと同じ角度で写真を撮ります。
空が今まで以上に広いです。

羊蹄0929_06
羊蹄丸の船名と、洞爺丸事故を教訓に開発された国鉄型と呼ばれるアンカー。
この組み合わせは、いつまで見る事が出来るのでしょうか。

羊蹄0929_07
羊蹄0929_08
船楼甲板上に残っているブリッジ基部と普通船室中央部、ここにもバーナーによる
焼き切りのラインが既に入り、そう遠くない日に取り払われるでしょう。

羊蹄0929_09
こちらも船楼甲板上にポツンと残されている物体。
船の博物館時代に取り付けられたエスカレータの名残ですね。


羊蹄0929_10
視線を変えてみると、ブリッジから取り外された機器類が、山積みにされています。

羊蹄0929_11
敷地の端に山積みされた上部構造物の残骸達。

羊蹄0929_12
手前の煙突の残骸は、前回訪れた時と積み方が変わっていて、そしてその向こうには・・・
左舷シンボルマークが無造作に置かれていました。

羊蹄0929_13
かつては船のトップにあり、大きな存在感を示していた操舵室。
その操舵室は天と地がひっくり返り、窓ガラスは割れ、寂しげに積み上げられていました。

羊蹄0929_14
新居浜での展示で貼られていた操舵室への順路案内、静かに風に揺れていました。


前回訪れてから20日間、その間に羊蹄丸はその姿を大きく変えていました。
その間の変化は、ネットで色々と見ていました。
だから、自分の中では覚悟をしていたつもりでした。
しかしいざ現実の姿を目の前にした時、その覚悟は簡単に打ち砕かれました。

羊蹄丸、あの優雅な姿はもうどこにもありません。
これが現実という物なんですね。
今日一緒に行った友人と、帰りの高松空港のかな泉でビールを飲んでいた時、
その事に気がついて、不覚にも涙が出てきました。
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高山航空公園
ども、空旅です。

久しぶりに飛行機関連での更新になります。

先日多度津に出掛けた際、その帰りに高松空港の近くにある高山航空公園に
寄って来ました。
高山航空公園01

この公園、高松空港から車で10~15分位の小高い場所にあり、ここから
高松空港がどう見えるかと言うと・・・
高山航空公園02

正に空港の全景が一望できるロケーション。
こう言う角度で空港を見る事と言うのはなかなか無いですが、この様に
見ると、空港と言うのは広大な敷地が必要なんだと改めて感じます。

で、実際の飛行機の離陸はどう見えるかと言うと・・・
高山航空公園03

ちなみに風向きによっては、自分に向かって飛行機が離陸する感じで見えます。

さてこの公園には、全部で2機の航空機と1機のヘリが展示されていまして、
その内の1機が航空自衛隊で使用していたT-2ジェット練習機です。
高山航空公園04

屋外で展示している割には、結構綺麗に手入れがされていますね。
しかし、ここまでどうやって運んできたんだろ・・・。
多度津訪問 9月9日編
ども、空旅です。

東北旅行の最中に羊蹄丸に関する情報が入り、急遽確認の為に多度津に行ってきました。
何の覚悟も無いまま慌てて出掛けたので、羊蹄丸の姿を見てへたり込みそうになりました。
取り敢えず現状の姿をご覧ください。

まずはいつもの漁港からの左舷側の写真です。
羊蹄0909_01
羊蹄0909_02
羊蹄0909_03
操舵室やファンネルなどの突起物が無くなり、まっ平らです。

場所を変えて、左舷斜め後方から見てみます。
羊蹄0909_05
羊蹄0909_06
羊蹄0909_07
短艇甲板がまっ平らである事、この事に物凄く違和感を感じます。
また、これは両舷ともですが、なぜボートデリックだけがのこされているのでしょうか。

羊蹄0909_08
同じ場所で撮った写真です。
物陰にわずかですが、横倒しになったレーダーマストの姿が確認できます。

次に船の前部へと移動します。
羊蹄0909_09
操舵室が無いだけで、これほど写真の構図にしまりが無くなってしまうのですね。

羊蹄0909_10
操舵室の跡には、取り残された機器類が寂しそうにぽつんと残されていました。

羊蹄0909_11
羊蹄0909_12
ブリッジ下部にあった開口部ですが、内部の壁面に文字が見えました。
その部分をアップにしてみると、「石綿有り さわるな」と書き殴られています。

そして右舷側を後方へと見て行きます。
羊蹄0909_13
羊蹄0909_14
羊蹄0909_15
羊蹄0909_16
ブリッジの後方には、次に解体される部分と思われるバーナーで焼き切った部分が確認され、
ファンネルのあった部分は大きく切り開かれ、前回確認できた後部消音機室の開口部は、
さらに拡大されていました。

前回訪れた時から3週間弱。
その間にここまでの変貌をとげるとは、私は全く予想していませんでした。

羊蹄0909_20
取り外された操舵室は、陸上の解体場に無造作に置かれています。
多分あと一週間もすれば、その姿は確認できなくなるでしょう。

羊蹄0909_17
ファンネルは4つに細分化され、これも無造作に積み上げられています。
近寄って確認してみましたが、多分『JNR』マークも付けたまま、裁断されているようでした。

羊蹄0909_19
操舵室近くに置かれた、後部消音機室の側面。
羊蹄0909_18
積み上げられたファンネルの残骸の向こうに見えた、遊歩甲板の一部の残骸・・・。

えひめ東予シップリサイクル研究会はこう言っていました。
「単に解体して処理されるのではなく、シップリサイクル研究の先駆けとして、新たな産業、
技術を我が国で発展・定着させるために、大きな功績を残す」と・・・。
この解体方法のどこが「新たな産業、技術」なのでしょうか?
どこにシップリサイクルを研究している部分があるのでしょうか?
私には理解できません。
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まとめ