蒼空に魅せられて
飛行機に魅せられて、あちこち旅するおっさんのブログです。
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ゼロ戦組み立て見学会
ども、空旅です。

今日は有給を取って、所沢にある航空発祥記念館に行ってきました。
目的はこれ!
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今回アメリカから里帰りした「零式艦上戦闘機五二型」の組み立て見学会に
参加する為でした。
このゼロ戦、航空発祥記念館で開催されている「日本の航空技術100年展」の
目玉展示物として里帰りしたもので、栄エンジンで唯一飛行可能な機体です。

それでは、見て行きましょう。

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朝10時過ぎに格納庫の扉が開き、昨日の作業の終了した姿が見えてきました。

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今日の作業の為に、格納庫前の駐車場に押し出されるゼロ戦。

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押し出しが完了し、今日の作業がこれから始まります。

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今日一番見たかったのがこれ。
栄二一型エンジン。
非力だなんだと酷評される事もありますが、ゼロ戦と言えばこのエンジンですよね。

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まず最初に、スピナーが取り付けられました。

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後部にまわってみると、尾部がまだ取り付けられていないので、尾輪の構造が
良く解ります。

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用意されていた観察台から見る栄エンジン、まさに『機械』ですね。
それと飛び出し式の足掛けの位置が良く解ります。

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これは、午前中の作業が終了した段階での右サイドです。

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続いて午後の作業が始まり、尾部が取り付けられました。

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続いてエンジンカウルが取り付けられます。
これで栄エンジンの姿が見えなくなりました。

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組み立て作業が終わり、零式艦上戦闘機五二型の姿が目の前に現れました。

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右斜め前からの姿です。

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右斜め後方からの姿です。

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ひた真後ろから、胴体だけを狙ってみます。
これを撮影した所で、見学会終了のアナウンスが流れました。

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今日の日程が終わり、格納庫内に押し込まれるゼロ戦。
12月1日の公開開始まで、暫しのお休みです。

取り敢えずダメ元で申し込んだ見学会でしたが、当選できて良かったです。
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多度津訪問 11月23日編
ども、空旅です。

羊蹄丸の現状について色々な情報が入ってきたので、自分の目で確認する為に
雨の中を多度津へ行ってきました。

まずはいつもの漁港からの羊蹄丸の姿です。
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物凄い違和感です。
これまで行く度に見えていた舳先が無く、錨も無く、船名は『丸』から前がありません。

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船首から続くカーブの終着点付近で途切れている上部構造物。
そして、前甲板に見えるのが通風筒だけであるという姿。

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いつもの防波堤の上に登った時、そこにある風景はこれまでに見た事の無い風景でした。
断ち切られた船首部分、そして船体に穴が開けられ、そこに新たに接続されている係留索。

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残された上部構造物にも、既に切れ込みが入れられているのが解ります。
多分来週中には、羊蹄丸の上部構造物の姿は消えてしまうのでしょう。

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『羊蹄』と『丸』の間で切り離された船名。
内部構造物の壁が調度あり、それが理由でこの部分で切り離されたのでしょうが、
解体という事実の無情さを改めて感じました。

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切り取り断面より前方は、船の科学館時代でも手が加えられず、現役当時のままの空間です。
しかしその空間も、その姿を消そうとしています。

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敷地の一角には、現役時代や船の科学館時代の電装品が無造作に積み上げられていました。

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何故なのか、初期の頃に取り外された煙突だけは、今も4分割されたそのままに残されています。

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山積みの電装品の陰に、取り外された錨の姿が見えました。
はたしてこの錨も、いつまで見る事ができるのでしょうか。

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今日一番衝撃を受けた景色です。
フェンスの向こうに見える、『羊蹄』と書かれた左舷船名部分。
その手前に見える筒状の物は、錨鎖を通していた部分でしょうか。
この船名が置かれている場所は、細かく解体する為の作業場所であり、ここに置かれていると
言う事は、間もなくその姿が消えていくと言う事になります。
寂しい限りです。
多度津訪問 11月3日編
ども、空旅です。

土曜日に空きが取れたので、約1ヶ月振りに多度津を訪ねて来ました。

まずはいつもの漁港からの風景です。
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船首部分を除き、バックの風景に溶け込んじゃってます。

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場所を変えて、いつもの斜め後ろからの撮影です。

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上部構造物が無くなり軽くなった為か、それとも干潮に近かったからなのか、
舵の上部が半分近く見えています。

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角度を変えて、切断部分を望遠で。
場所的に、船の科学館時代の青函シアターのあった場所でしょうか。
残されている2つのスピーカーが、所在無さげにぶる下がっています。

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こんどはいつもの防波堤の上からの撮影です。
今ではこの船首の旗竿が、一番高い位置にある構造物となってしまいました。

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甲板上に、ブリッジ撤去前にも見たコンテナBOXが見えます。
またそのコンテナBOXの後ろの船体には、バナーによる切れ込みが見えます。

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切れ込み部分を真横から見てみます。
既に吊り下げ用のワイヤーを通す穴が開けられ、この部分も近々撤去されると思われます。

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船首部のアップです。
先程見たコンテナBOXや、通風筒の開口部の目張り、多度津到着後に開けられた
開口部の塞ぎ方等を見る限り、石綿の撤去作業が内部では行われていると思われます。
その作業が終わった時、この船首部分も撤去されてしまうのでしょう。

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相変わらず山積みになっている上部構造物です。
ただその量は減っている感じがしますので、裁断が進んでいるのでしょう。

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4分割された煙突の1つは、裁断時に出る破片の置き場となっていました。

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山積みされた中に見える、左舷シンボルマーク。
所々に傷も見えますが、果たしていつまで見る事が出来るのでしょうか。

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宮地サルベージの敷地横の公道は、途中にクランクが1ヶ所あります。
そこを曲がる時、以前は周囲を圧倒するような羊蹄丸の姿がありました。
しかし今、そこを曲がって見えるのは、岸壁に溶け込んでしまった羊蹄丸の船体と、
その向こうに見える常石造船のクレーンの姿です。

羊蹄丸が多度津に来てからの4ヶ月間、月に1回のペースとは言え、その姿が
変わっていく様を見続けてきました。
時にファインダーを覗きながら涙がこぼれ、大声で叫びたくなる衝動に駆られる事も
ありました。
青函連絡船の1ファンとして、自分の好きな船が切り刻まれていくのを見る。
それが果たして良かったのかどうか、自分でも解りません。
多分興味の無い人から見れば、ただの馬鹿なんでしょうね。
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まとめ