蒼空に魅せられて
飛行機に魅せられて、あちこち旅するおっさんのブログです。
201709<<12345678910111213141516171819202122232425262728293031>>201711
羊蹄丸解体状況の考察 8月4日版
ども、空旅です。
今日のネタですが、昨日の多度津訪問で確認してきた羊蹄丸の解体について、
過去の写真と比較しながら、その状況の考察をしてみたいと思います。

まずは全景から。
左舷全景_20120804
左舷全景_20120710
上が8月4日に多度津で撮影した物で、下が7月10日に新居浜を出航する際の
左舷のサイドビューです。
大きく異なるのは、やはり後部煙突と後部甲板の相違でしょうか。
特に後部煙突については、なぜこの時期に撤去したのかが疑問です。
当初は作業の邪魔になる『出っ張り』を先に撤去しているのかと思いましたが、
前部マストや煙突等は撤去されておらず、更には後部煙突に接続していたデリックが
そのままの残されているのも、いささか不可解です。

次に後部甲板付近についてです。
後部甲板現状_20120804
右舷後部甲板付近_20120322
ポンプ操縦室接続部_20120322
上は多度津での後部甲板付近を撮影した物、下2枚は船の科学館に係留されていた
時の後部甲板付近とポンプ操縦室の接合部分のアップ写真になります。
後部甲板で姿を消しているのは、ポンプ操縦室とそこから両舷に延びていた
フライングデッキ、昭和47年の自動車航送の搭載台数増加時に増設した
プロムナードデッキ、船楼甲板上にあった係留索用のウイントラスが有りません。
多分、作業時の平場確保の為に撤去したのではないかと思いますが、それにしては
各種通風塔は残ったままなのが疑問です。
また撤去方法については、プロムナードデッキなどは増設部分の付け根でまさに
「ぶった切った」感がありますし、ポンプ操縦室の取り外した跡を見ても、作業
方法があなり大雑把な印象を受けます。

次は右舷船首部分を見てみましょう。
右舷船首付近_20120804
右舷船首付近_20120709
上が多度津での撮影、下が新居浜黒島岸壁係留中の撮影です。
見比べての差異は、やはり2か所の切り取り部分ですね。
場所的には、上の切り取りが船員室の横、下の切り取りが車両甲板の前方付近に
なるでしょうか。
下の切り取りには梯子が掛けられており、昨日の記事にも書きましたが、多分
作業員の出入り口として開けたのだと思われます。
元々青函連絡船の場合は、左舷での接岸が基本となっていましたから、右舷側には
出入り口になるような部分は無かったと思いますし、作業員の出入り口を確保する
意味からも開けたのではないでしょうか。
ただ、上の切り取り部分が何の為なのかが解りません。
最初にこの切り取りをネットで見た時は、出入り口かとも思ったのですが、現地で
見る限りでは梯子も掛けられていませんし、出入り口に使うには岸壁から高さが
有りすぎます。
また、下の切り取りと大きさを比べると、少し大きめに切り取られているようで、
もしかしたら搬出用に開けたのかとも推察しています。

取り敢えず、外観上で大きな変化があった部分について書いてみました。
当日は見える範囲で、宮地サルベージの地上部分を観察してみましたが、撤去した
後部煙突やポンプ操縦室や船尾水密扉といった大物の残骸らしい物の姿は見えません
でした。
もしかすると、細かく裁断されてしまったのかもしれませんが・・・。

現地で作業状況を見る限りでは、どうも解らない事だらけだというのが、私の
正直な感想です。
皆さんはいかが思われますでしょうか?
スポンサーサイト
コメント
コメント
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2012/08/16(木) 23:22:31 | | # [ 編集 ]
コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
トラックバック URL
トラックバック
copyright © 2017 Powered By FC2ブログ allrights reserved.
まとめ